エコロジーとエコノミー両立示す教育
2007.07.04|takashidoi|I-MAGE|PermaLink|Comments (1)
今回のI-MAGE6のテーマにあげている「エコロジー&エコノミー」に関連してひとつ。
おとといの日経の社説に「エコロジーとエコノミー両立示す教育」というものがあった。
記事の要約を書くと
2005年から「国連・持続可能な開発のための教育の10年」という至って国連らしい堅苦しい名前の計画を打ち出している。
簡単にいうと資源を一方的にむさぼらず、二酸化炭素などの排出をおさえ持続可能な経済社会をつくるためには教育が大事だということ。
しかし、この環境教育が日本では盛り上がっていない。
03年に「環境教育の推進に関する法律」ができたり、安倍政権「21世紀環境立国戦略」にも環境教育はうたっているのだが盛り上がっていない。
日本の環境教育は学校の省エネや学校改修などに予算をつけて、国が取り組んで環境に取り組むと言ったことをしているらしいが生徒の胸には届かない。
逆に早くから環境教育に取り組んでいるドイツでは成果をあげているらしい。
ある学校では省エネのハイテクをとりいれるわけでもなく、単に全生徒1300人がなんらなかの形で環境活動に参加してくるというもので、年間で500万円の省エネを達成したらしい。
環境教育は個人に根ざしたものでないと効果がないと私は思う。
日本のように予算をつけて教育環境を変えても、生徒自信には何も残らない。これでは持続可能とはいえないだろう。
さらにいえば、環境問題を考える前に山で果物を盗んで食べたり、カブトムシを捕まえにいくだのそういう自然と触れ合う経験を持っておくことが大事だとも思う。それが前提とあるからこそ、環境教育は意味を持つだろう。
日本でも学校ビオトープづくりがさかんになっている。ビオトープって知っていますか?
生物空間を意味します。
草木を育てる場所を学校で確保して、こどもが自然に触れる場所を作ってあげることを進めているようです。
でも、よく考えると、ぼくが中学生のころ(といっても6年くらい前)は、学校帰りにビワを盗んで食べたり、秘密基地を作ったり、みかんを民家から盗んでたべたり(おこられたり)したんだけどなぁ。
Posted Comments
でも確かに、小さいときに自然に存分に触れておく事が一番、重要だと思う。 なんか単純だし。 これも、パッケージング的なもので「自然に触れる」というと、命令っぽかったり、えらく機能的な聞こえだけど… その思いでがあれば、その楽しく過ごせた空間が壊れてしまうと実感したとき、守りたいって思うかも。 思わないかな、どうだろう。
うちらの親の代は、「昔はああだったな、こうだったな」って、なくなってしまった子供時代を懐かしく思う感じに、姿が変わってしまった自然のことを語る人が多い。 ま、懐かしいだけで止まっちゃうとなにも起きないけど、少なくとも、ものすごくパーソナルな関わりを感じることができる。 塾とゲームとチャットの世代じゃ、まったくそういうのはなくなっちゃうのかな、怖いね。
でも、問題は、いざ自然にふれあおうと思っても、日本は自然が限られてて(特に東京近辺)、行くにもいけない。 いったとしても4時間渋滞して、おまけに渋滞のどまんなかで「おしっこ!」。 たどり着く先は観光客に犯された、荒れ果てた山と海。 子育てをするだけのためでも、実は地方に出るっていうのも悪くはないのかもね。 NYだと、子供が生まれて、幼稚園ぐらいになると、みんな他州に引っ越しちゃう。 田舎も悪くはないんじゃない、子供からしてみれば。 東京なんかより、いい日本人がいっぱいいるだろうし。
この流れで地方の空洞化がどうにか埋め合わせれればいいんだけどね。 自然のありがたみのわからない人間なんて、悲しいよね。
2007.07.04|生ハバネロとシラントロ
