ジョン・ケージ没後15年

2007.08.15|ikeponia|ARTPermaLinkComments (2)

先日8月12日(日)はジョン・ケージの没後15年にあたる。

それはケージ愛好家にとっての特別な記念日というだけでなく、
断固たる音の記号化と二人三脚で発達してきた西洋音楽に
記号化し得ないノイズ的要素をつきつけ、それまでの
音に対する概念を決定的に変えた天才アーティストの命日であり、
我々が今、様々な音楽を聴く上で、無意識に当然と思っている
音楽の聴き方は、彼の影響に少なからず影響を受けているだろう、
偉人の日なのであった。

そんな日に催されたジョン・ケージ「One9」の演奏会に行って来た。
「One9」とは、雅楽の代表的な楽器である笙(しょう)独奏のために
かかれた全10曲からなるアルバム作品である。
笙という特別な楽器であるための演奏再現性の低さゆえ、
アコーディオンで演奏されることもあるようだが、やはり笙で聴かねば、
あの独特のアンビエンスは味わえないだろう。
また、全10曲の演奏時間は2時間を超えるため、
10曲丸ごとが生演奏されることはほとんど無いらしい。

しかし、今回は田島和枝氏が全10曲の演奏を休憩無しで演奏するという、
非常に貴重な機会に恵まれた。

笙という楽器は非常なセンシティヴで、演奏を続けてゆくと
通常の吹奏楽器の比では無いほど、コンディションが変わるらしいが、
当日は楽器の調子が非常に素晴らしかったため、敢えて休憩を挟まずに
演奏したとの田島氏談。
それでも、曲間のたびに傍らのヒーターで楽器を暖め、
この夏の猛暑の中、ケージの偶然性哲学に則ってなのか、
空調を切って演奏が行われたのだから、観客の比では無いほど
演奏者にとっては荒行だっただろう。

笙の演奏に対して批評が出来るほどに、僕は笙に詳しく無いが
素晴らしい時間であったことは間違いない。
次は、神社の境内で蝉の鳴き声とともに、とか小川のほとりでせせらぎとともに、
とか、夕刻に虫の声を背景にして、聴いてみたい演奏であった。


Posted Comments

笙か。 フィンランド用に台湾で買ったな。 雅楽だと、篳篥が人の声で、笙が天の声。 ハーモニカっぽいけど、なんだか繊細で不思議な音だよね。 吸ったり、吐いたり。 台湾で買ったやつは、吸ったときになんか変な臭いがしたから録音するときは、適当に吐いて出る音だけ使ったけど。

笙って確かに、「専用ヒーター」みたいなのにのせて乾燥させるっぽいね。 ま、考えてもそうだよね、竹の筒に思いっきり息を吹きかけて、しかもクラリネットとかオーボエみたいに唾が逃げるルートが無いわけだから、そりゃきついっしょ。

ちなみに台湾バージョンは竹の筒の上に脱着可能の金物の共鳴管がついてる。 おしゃれだけかもしれないけど。

2007.08.15|ケン

何だ、変な臭いって(笑)

たぶん、ケンの持ってるやつと日本のやつはほとんど変わらないと思う。
ただ、竹の材質?によって、全然音違う。
その笙演奏家の田島さんは2本笙を持ってきていて、
「One9」用とアンコール用で吹きわけていたのだが、
ぜんっぜん音違った。明らかに吹き方の差ではなく、楽器本体の違いによる音だと思う。
やっぱ、生楽器、、、っつーか、メカニカルでなければないほど、楽器の個体差があって面白いな。

2007.08.16|ikeponia

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