「シナリオ分析で「未来を予想する」」とは?

2008.07.22|shugo|SELF-GOVERNMENTPermaLinkComments (0)

前述した北岡元先生が本日(7月21日)発売の実践的ビジネストレーニング誌「Think!」(東洋経済新報社)に寄稿されたということで近所のTSUTAYAまで買いに走り、早速拝読した。


佐藤優さんの文章が冒頭にあったが、いつもと同じことが書かれていて、それはそれで、参考になるが個人的にはやはり北岡先生の内容のほうが興味深く感じた。(まぁ、ここまで一生懸命かかれてもたいていの人が佐藤式勉強法を実践するまでにいたらないだろうから同じことを書いても仕方ないか。。。)

今日は、宣伝だけで終わろうと思ったが、ちょうど北岡先生が本誌で力を入れて書かれていたシナリオ分析の内容が、本日読破した芥川賞作家保坂和志さんの『羽生 「最善手」を見つけ出す思考法』に描かれる羽生さんの読みについて考える際に、参考になる気がしたので、そのことについて少し触れておく。

どう参考になるかというと、羽生さんは「最善手」を追求し、常に自分も対局者も最善の手を指すことを前提として対局に臨んでいるが、その最善手の想定を考えるにあたり北岡先生の未来を予測するためのポイントである「初めにシナリオを出し切る」「否定的なインフォメーションを重視する」「前提を疑う」が、結構近いことをいっているのではないかという気がした。

以下、『羽生』の本文を少し引用するが、違う部分は明瞭だが、重なる部分も多いにありうる気がした。ちょっと、研究を進めてみようと思う。

P.77
「羽生は、実戦で指された手を絶対視していない。羽生が自戦記で指し手を書く時には、ほぼ必ず、他の選択肢(=候補手、有力手)との比較になっている。」

P.81
「羽生の関心は、どう指せば「私」が良くなるかではなくて、この局面で両者が最善をつくすとどうなるかということになる。」

P.81
「自分がいて読みがあるのではない。膨大に広がる読みがあって、そこに自分と対局相手がいる。読みは自然界の法則がそうであるように、決して自分にだけ都合よくはならない。もし、読みの中で形成が一方に傾いたら、それは自分の読みが十分でないからだと考える。」

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