自分の心に誠実に。<前編>

学生目線で、先輩方に多様な「幸せの見つけ方」を問う。
不確実な未来に前を向く、バックキャスティングメディア「FOREFACE」。

今回は学生時代からファッションに興味をもち、さまざまな領域で活躍しながら今はスポーツジムのスタートアップに携わる長谷さん。これまでの経歴を踏まえつつ、多くの領域に関わってきたからこそ分かる自分との向き合い方や新しい環境へ飛び込むことへの考えについて、お話を聞いてみました。

長谷 氏

慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社パルコにて広報企画に携わり、その後コンサル等を経て、デジタルマーケティングの会社、スポーツジムのスタートアップの経営企画に従事。健康、美容、食をテーマに、フットワーク軽く、様々な関心事に挑戦中。

ずっと大好きなファッションがきっかけでマーケティングに触れた

学生時代はどう過ごしてきましたか?

小学生の時からファッションが好きで、なんとなくファッションの仕事がしてみたいという思いを持ってました。それで、中学受験をする時には私服の学校を志望しました。

結果、私服の中高一貫校に通うことになり、そのあたりから方向性を決めると思うのですが、ファッションが好きなのでアパレルとか女性ファッション誌の仕事に就きたいなという思いを、漠然と持っていました。

だから最初は理系だったのですが、仕事のことを考えると文系の方がいいと思い、大学は慶応の経済学部に進学しました。

高校では女子高生向けマーケティングの事務所でバイトをしてました。

新商品のモニターとか試写会にいくような、マーケティングの走りのようなことを経験しました。その時、ものを売るのが楽しいとか、新しいものに触れることが好きだと気がついたんです。あとは、消費者に近い仕事にも魅力を感じてました。その時には、アパレルとか広告の仕事をしていくんだろうなと思ってました。

関わる人の幅を広げた大学時代

ー大学生活ではどんなことをしていましたか?

ずっと興味があったので、大学入ってすぐにアパレルの販売員のバイトを始めました。ですが、これだけだと自分の方向性が絞られすぎちゃうなと思ったんです…

せっかく大学に入ったから、自分の興味あるところ以外にも可能性があるかもしれないので、大学1年から3年までは幅を広げることを意識して過ごしていました。

サークルにも最初は3つくらい入っていました。

広告研究会とビジコンに出したりするWAAV(ワーブ)というサークル、会計とか簿記を勉強するサークルに入ってました。ビジコンには、もともと興味があったわけではないのですが自分の幅を広げようと思って入りました。

当時の広告研究会は遊んでる感じの人が多くて、ビジコンのサークルは真面目な感じ、経営会計研究所はしっかり勉強をしつつ、程よくノリも良いザ大学生って感じで…サークルだけ見ても、大学では結構いろんなタイプの人と接しました。

ーそうなんですね。良くも悪くも関わる人を選べる大学生活で、いろんなタイプの人と関わろうと思ったきっかけは何だったんですか?

中高からの友達や塾からの友達だったり、同じような環境の友達が多かったので意識しないと、そこだけで過ごしてしまいそうだと思ったからです。

中学から高校まではずっと東京で過ごしてきたので、大学でせっかくいろんな人と触れ合う機会があるから、意図的に、関わる人の幅を広げていくことを意識していました。

ー長谷さんは、I-MAGE5の卒業生でもありますがI-MAGEに参加したのはどういうきっかけですか?

※I-MAGE…NPO法人創造支援工房フェイスが主催する、実践しながら企画づくりを体系的に学ぶ学生向けプログラム

サークルの先輩の紹介がきっかけでした。

結局、入ったサークルの中でもWAAV(ワーブ)は2年間ちゃんと活動していて…その2年目のあたりで、先輩と話す機会があったんです。そこでマーケティングとかアパレルに興味があったから広告代理店とか出版社に行きたいって話をしたんです。そしたら、ワーブの活動も一区切りするし、新しいこと始めてみたら?と勧められて、I-MAGEを紹介してもらいました。時間できるからやってみようかな〜という軽い気持ちで入ったのですが、思ったより大変でした。

ー2年生で参加したんですね。I-MAGEではどんなプロジェクトをやっていたんですか?

大手町カフェという自然派カフェで健康を意識させることをコンセプトにしたスムージーを作りました。

チームでは、サステナビリティに興味のある先輩やコンセプト出しをしたり進行するのが上手い先輩がいて、勉強になったなという印象があります。

ワーブではビジコンという性質上、収益重視の企画を作ることが多かったので、コンセプト重視のプロジェクトメイキングが新鮮だった。関心を企画に落とし込んでいく方法とか、発信者とお客さん目線のバランスをとるみたいことは勉強になったし、刺激になったと思います。

ーI-MAGEの活動を2年生で終えて、そのあとの大学生活は何をしてましたか?

3〜4年生はゼミをやっていました。企業と連携してプロジェクトを作ったりする武山研究会に入っていました。SFCとも親和性の高いゼミでした。

先輩とやったプロジェクトがすごく忙しくなって、大変でした。

ですが、そこでメディアの使い方を調査するためにエスノグラフィーという手法を学んだのが印象的です。ひたすらインタビューしたり生活に密着して消費者を理解するという手法なのですが、そこで表面的ではない情報を見つけて、深掘りする方法を知ることができたので、いい学びが得られたなと思っています。

※エスノグラフィーとは:集団・社会の生活や行動様式などをフィールドワークによって調査する方法や記録を指す、文化人類学、社会学の用語

ー4年間でさまざまな経験をしてきた大学生活でしたが、自分の今に繋がっていると思うような大きな活動って何かありますか?

インタビューに向けて考えてきたんですが…特にないんです。

見えないところで一個一個の要素が繋がっているとは思うけど、これが明確に影響を与えたっていう活動は私はないですね…

私は感覚派なのですが同時に左脳も強く使っていて、感覚に後から理屈づけしていくのが得意なんです。いろんな活動をしてきて、こういうときにこれを感じたとか、ここにいて違和感を感じたとか、総合的にその時の感覚を積み重ねを判断軸にしていっているんだと思います。

熱狂させるものをインキュベートしたい

ー当時、大切にしていた価値観はありますか?

「せっかく大学に入ったから、いろんなことやんなきゃ」という強迫観念があったと思います。掛け持ちではなく、一個のことを最初から最後までやり遂げる経験があってもいいのかなと思ったりもします。もっと純粋に好きなことやればよかったかな、と。

当時は学生のうちにやらないと社会人になったら狭まる一方だと思っていたので、今、思い返してみると楽しいというより強迫観念に追われて色々と手を出していました。

一人っ子であることも影響してるんだと思います。

子どもの多くは親の価値観に影響を受けると思いますが、それがあってるか間違ってるかを判断できないので、色んなものに触れてそれを確かめる行為はずっとしてきました。多動症的に中学くらいから、一つのことをやるのが怖いみたいなのは当時からありました。

ーなるほど!私も一人っ子なので思い当たる節があります。
実際、大学で色々と手を出してみて気づきとかはありましたか?

自分が割と物事に熱中しにくいので、常に刺激を探していたんだと気がつきました。自分は物事に対してハマる、ハマらないというのを重要視しているからこそ、誰かを熱狂させるものをインキュベートしたいという思いは大学で形成されたと思います。

ー色んな経験を通して、自分の価値観とやりたいことの軸を見つけたんですね!

今回は学生時代までのお話をお伺いしました。

意識的に関わる人の幅や行動を広げてきた学生時代を経験してきた長谷さんが、どんな社会人生活を送ってきたのか後編の記事で聞いて行きたいと思います